研究内容
免疫チェックポイント阻害剤関連のテーマ
近年、免疫チェックポイント阻害剤やCAR-T細胞などのがん免疫療法が承認されています。がん免疫療法は従来では治療が困難であったがん治療が可能になり、劇的な薬効を示すことが報告されています。一方で、薬効を示す患者は20%程度であり、薬効を予測するマーカーや予測法の確立が課題です。また従来とは異なる副作用(免疫関連有害事象)も臨床現場では問題となっています。免疫チェックポイント阻害剤は高分子の抗体医薬であり、投与されてから薬効や副作用発現に至る過程は従来の低分子化合物とは異なりますが、臨床的な課題に対する基礎的な研究や検証は必ずしも十分ではありません。免疫チェックポイント阻害剤を中心として抗体医薬の臨床上の問題の解明を目指して、約20種類の担癌モデルマウスを用いて、薬物動態と薬効の関連、薬効メカニズムの解析、また副作用発現のメカニズムの解明などに取り組んでいます。
1. 免疫チェックポイント阻害剤の動態解析と薬効への影響
免疫チェックポイント阻害剤として現在、抗CTLA4抗体、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体で複数の薬剤が承認されています。特に抗PD-1/PD-L1抗体はがん治療の適応拡大が進んでいます。がん免疫療法では、がん細胞を排除するCD8陽性の細胞障害性T細胞の活性が重要です。PD-1は主にT細胞上に、PD-L1は主にがん細胞上に発現し、PD-1とPD-L1が結合することで、T細胞の活性が低下してしまうため、がん細胞は増殖が可能となります。この相互作用を阻害するのが抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体です。両抗体はPD-1/PD-L1の同一経路を標的としています。では、この経路の阻害が有効ながんでは、どちらの抗体を投与しても同等の薬効が得られるのでしょうか?このような疑問に対する解答はありませんでした。
我々はPD-1/PD-L1阻害が有効な複数の担癌モデルマウスを用いて、両抗体の薬効と体内動態の比較解析を行いました。その結果、抗PD-L1抗体は体内動態の観点で、がんのみならず正常組織への分布と分解が多いため、抗PD-1抗体と比較して、がん組織への送達量が少なくなり、一部のがんでは抗PD-L1抗体の薬効が抗PD-1抗体に比べ劣ってしまうことを明らかとしました(Kurino T, et al. J ImmunoTher Cancer, 8, e000400 (2020))。従って、抗PD-L1抗体は正常組織への分布を飽和させるため高い投与量が必要となります。実際に臨床での投与量は抗PD-1抗体と比較し抗PD-L1抗体の方が約5倍高いですが、先の体内動態の違いが用量の差の一因と考えられます(日経産業新聞2019年6月18日に掲載)。その後、抗PD-1抗体と抗PD-L1抗体の臨床試験のメタ解析の結果、臨床においても抗PD-L1抗体と比較して抗PD-1抗体の薬効の優位性を示す報告がされました(Duan J. JAMA Oncol, 6, 375-384 (2020))。我々の研究成果は、このような臨床の解析結果を裏付ける基礎研究からの知見と位置付けられます。
腹膜播種など腹腔内に転移したがんは、有効な治療法が少ないのが現状です。我々は投与経路に着目した腹腔内腫瘍への効率的な免疫チェックポイント阻害剤の送達に関する検討を進めています。通常免疫チェックポイント阻害剤は静脈内から点滴投与されます。大腸癌の腹膜播種モデルマウスで、免疫チェックポイント阻害剤の抗PD-L1抗体を腹腔内投与すると静脈内投与と比較して10倍近く移行量が増加し治療効果も改善することを見出しました(Yamamoto M, et al. J Control Release, 352, 328-337, 2022)。これは、静脈内投与した抗PD-L1抗体が、血流や血管透過性が乏しい腫瘍へ届きにくい一方で、腹腔内へ投与した抗PD-L1抗体は直接腫瘍へ浸透していることためであることが分かりました(下図)。どのような特徴をもつ腹膜腫瘍であれば腹腔内投与した免疫チェックポイント阻害剤が効率的に移行するかは今後の解明していきたいと考えています。また、腹腔内投与は臨床的には一般的な投与経路ではなく臨床応用には課題が多いですが、有効な治療法が少ない腹膜播種への治療法としての腹腔内投与について検討を進めていきたいと考えています。
免疫チェックポイント阻害剤が投与されてからがん組織に到達までの体内動態に加え、がん組織内における分布など組織内動態がどのように薬効に影響するか解析はあまりなされていないのが現状です。現在、複数の免疫チェックポイント阻害剤の感受性や耐性モデルにおける動態解析を通じて、動態のどのような要因が薬効に影響するか、臨床の課題に応えられる研究を進めています。
2. 免疫チェックポイント阻害剤の副作用発現メカニズムの解明
免疫チェックポイント阻害剤は免疫の活性化を通じて薬効を発揮しますが、過度な免疫の活性化は自己免疫疾患などの重篤な副作用、免疫関連有害事象(irAE)を引き起こすことが報告されています。どのような副作用がどのような患者で生じるか、またメカニズムなどは不明な点が多いのが現状です。
我々は、いくつかの担癌モデルマウスにおいて免疫チェックポイント阻害剤を投与すると極めて致死性の高いアナフィラキシー(Ⅰ型アレルギー)が発症することを見出しました。一方で、アナフィラキシーを発症しても死に至らないモデルや、ほとんど発症しないモデルも存在しています。これら複数の担癌モデルマウスにおける比較解析を通じて、どのような条件でアナフィラキシーが重症化するか明らかとなってきました(Arai T, et al. J ImmunoTher Cancer, 10:e005657, 2022)。臨床でも、投与した抗体医薬に対するアナフィラキシーを発症すると重篤となる場合が多いですが、ヒトにおけるメカニズムの研究は進んでいません。本解析を通じて、アナフィラキシー発症メカニズムの解明や臨床でも有用な予測マーカーの開発へと発展させる予定です。
3. 免疫チェックポイント阻害剤の薬効予測に関する研究
免疫チェックポイント阻害剤の奏効率は20~30%に留まっており、残念ながらすべての患者さんに有効ではありません。現在、世界中で大規模臨床データベースを用いた薬効予測マーカーの探索が進められています。我々は20種類のマウスモデルの免疫チェックポイント阻害剤への感受性の分類を行っています。また遺伝子発現や代謝物のオミックス解析を進めています。これらのデータの統計解析や機械学習を通じた感受性予測、また臨床データとどのように結びつけられるかなど解析を進めています。また、これらの情報や体内動態データをQSP的アプローチにより組み合わせモデルの構築など目指しています。非臨床モデルの網羅的な解析は、臨床情報の検証(バリデーション)の際に重要となるだけでなく、非臨床開発において効果の期待されるモデルの選定や、作用機序の解明などで有用となると期待されます。